ピアノ曲
今シーズンのフィギュア・スケートのグランプリシリーズを見ていて、ずっと思っていること。
ピアノ曲って難しいということ。

誰のことかと言えば、もちろん、浅田真央選手だ。
今シーズン、彼女が苦しんでいるのは誰の目にも明らかで
でも今は彼女にとっての試練の時なのだ、過渡期なのだと
また誰もが思って、きっと固唾を飲みつつ、見守っているだろう。
サナギが羽化してチョウとなって美しく羽ばたくのを待つように。

ただ、フリーの演技を見ていて思うのはジャンプ云々ということ以前に
リストのあの曲は彼女にあまりフィットしていないのではないかということ。
ピアノ1本だけのソロ曲というのは、よっぽどものすごいドラマのある曲でない限り、難しいと思うのだ。
彼女が去年のフリーで演じていたラフマニノフの『鐘』は、曲そのものにドラマがあった。
オーケストラが壮大に重厚に紡いでいく物語があった。うねりがあった。
どちらかと言うと"アスリート"で"アーティスト"ではない浅田選手は、そのドラマティックな音楽に助けられている部分があったと思う。
音楽が与えてくれる力に後押しされて、表現を高めていっているところがあったと思う。
けれどリストや、あるいはショパンや、のピアノ・ソロ曲は、自分自身が曲に表現を与えなければならない。
選手自身の内側から醸し出される"抒情性"が必要とされる。
例えば、村主章枝選手のような選手は、それが可能だろうと思う。
けれど、浅田選手はどうだろうか。
そういったものを磨いていく努力はもちろん必要だけれど、人には生来の特性があるはず。
それを考えると、彼女にはもっと起伏のある曲の方が力が発揮出来るのではないだろうか。

微笑みを浮かべながら両腕をふわりと広げて見せる浅田選手を見ながら、
そんなことをつらつらと考えていた。

曲にしても衣装にしても、今季のプログラムは新しく師事した佐藤コーチの持ち味と言うか嗜好のようなものが色濃く反映されているな、と感じたりもしている。

浅田選手が新しいスケーティングを早く自分の身体に通して、自分のものにして、彼女の演技が出来るように。
新生・浅田真央選手の演技を心待ちにしている。
[PR]
by bongsenxanh | 2010-11-30 23:38 | スポーツ | Comments(0)


<< 日帰り東京 『まほろ駅前番外地』 三浦 し... >>


AX