さよなら
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東京事変の日本武道館でのliveから、その後1週間くらいはずっと、頭を事変に占領されていました。
隙あらばliveを頭の中で反芻して、なんだか胸が高鳴って。
凄いメンバーによる凄いバンドだったなぁ...と思います。

断片的にliveのことを。



開演を待ちに待ったお客さんがざわざわする中、客電が落ちて、始まった1曲目はいきなり『生きる』
渾身の力を込めて、振り絞るように歌う林檎ちゃんに、ただただ圧倒され。
呆然としていると、続く2曲目は打って変わって『新しい文明開化』
紙吹雪が舞い散る中、メガホンで力強くかつポップに歌う林檎ちゃんに、またまた呆然。
そして3曲目は『今夜はから騒ぎ』で壱百万事変札が空から降って来る。
もー、もー、東京事変って、"遊び"の部分も一切手抜きなしで、完璧なエンターテインメントを追求するバンドだ。
凄い。
とにかく凄い。

一曲一曲書いていったらとても書き切れないし、書き尽くせないので...。

MCはほとんどなし。
饒舌に解散について語ったりせずに、とにかく音楽!音楽!音楽!で聴かせて魅せるliveだった。
予め撮影されてあった映像も多用していたけれど。
完璧に"作り込まれた"show、という感じがした。
それでいいと思った。
それがいいと思った。
東京事変らしい、と。

林檎嬢は"歌っている"と言うよりは"演じている"と言う方が正しい感じ。
演じていると言うと語弊があるかもしれないけれど、まさに"performance"ということ。
全身で、その歌の中に入り込んで歌っている。
歌うだけでなく、踊る。
自分以外の"何者か"を生きるように、演じる。

ROCKIN'ON JAPANの解散特集号でも書かれていたけれど、『群青日和』の歌詞にあるように

演技をしているんだ
あなただってきっとそうさ
当事者を回避している

と歌っている通り、林檎嬢はまさしく"当事者を回避して演技している(た)"のだろう。
そういう、林檎嬢が、そういう、東京事変が、私は好きだった。
確信犯として、完璧に作り込まれた"わたし"ではない"わたし"を演じている。
何と言うのか、究極のプロフェッショナルだなぁ...と感嘆したものだった。

終盤、『閃光少女』

焼き付いてよ、一瞬の光で
またとないいのちを使い切っていくから
私は今しか知らない
貴方の今を閃めきたい
これが最期だって光って居たい

というフレーズを歌う林檎嬢の歌声を聴いていて、
あぁ、彼女は、そして東京事変のメンバーは、いつかこの日が来ることを予め知っていて、と言うよりもむしろ自分たちで計画づくで、意図していて、そして今日の日を迎えたのかもしれない、と。
すべてが彼らの描いた設計図通りなのだろう、と。
思えて、そしてこれがもう最期なのだと体中で感じられて、少し泣きそうになった。

それは『キラーチューン』

ご覧、険しい日本(ここ)で逢えたんだ
探し出してくれて有り難う
空も恋も騙せないよ
私は貴方の一生もの

という歌詞からも感じられて。
更には、『空が鳴っている』

神さまお願いです、終わらせないで

という歌詞なんて、いつから、どこまで、狙って描いていた設計図なんだろう、とも思わせられて。

あぁ、なんて鮮やかな幕切れなんだろう、と。

アンコールの前だったか、アンコールの曲の合間だったかに、林檎嬢が
「今夜、ここで皆さんと出逢えて幸せでした 有り難う」
というような挨拶をされて、それが『キラーチューン』の歌詞とも重なって、切なくなった。

解散前のライヴだけれど、東京事変メンバーにはそういう湿っぽさは一切なくて、さっぱりきっぱりドライで、プロフェッショナルに徹したperformanceだった。
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by bongsenxanh | 2012-03-19 23:31 | 音楽 | Comments(0)


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