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『風が強く吹いている』 三浦 しをん 著、新潮社
風が強く吹いている
三浦 しをん
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NYから帰って来た後は、滞在中に吸い込んでいたことで飽和状態で、いっぱいいっぱいで、それらをすべて自分の中で整理したり保存したりしないことには、映画とか本とか新しい情報を受けつけられない状態になってしまうのですが(人間海綿状態ですね)ようやく本を読めました。三浦しをんちゃんの『風が強く吹いている』。関東の普通の大学の学生が、素人同然の10人のチームで箱根駅伝を目指す物語です。スポーツ青春小説です。そう言ってしまえば、なんてことはないのですが、なんてことない話で終わらせないところが、三浦しをんなのです。



これ、下手に書いたら本当にただクサイだけのスポ根青春小説で終わってしまいます。が、そうではないのです。個性派揃いの10人の選手。足の故障が原因で一度は陸上から身を引いたようだったリーダー格のハイジ。走る才能を生まれ持った、こちらもとある事件が元で陸上から身を引いていた走(かける)。天真爛漫な双子のジョータとジョージ。漫画オタクで運動オンチの王子。黒人留学生のムサ。頭脳明晰な神童。クイズマニアのキング。二浪している上に大学生活五年目のニコチャン。在学中に既に司法試験に合格済みのユキ。この、あまりにてんでばらばらの10人がぼろアパート竹青荘に揃ったことから、箱根への道は始まります。しをんちゃんは、まずキャラクターだけで読ませますね。そしてそのキャラクターが生き生きと動くことで物語もくっきりと輪郭を持って動く。そこのところが本当にうまいなぁ...小説ってこういうものだよなぁ...とうならされるのです。そしてしをんちゃんは、言葉がどんどん湧き出てくるのですよね。一歩間違ったら"大げさ"で終わってしまうような紙一重のところでの饒舌で巧みな描写力というものを、確かに持っている書き手さんだなぁ...と感心させられるのです。例えば
清瀬を撃った確信の光は、そのあともずっと、心の内を照らしつづけた。暗い嵐の海に投げかけられる灯台の明かりのように。一条の光は、絶えず清瀬の行く道を示しつづけた。
変わることなく、ずっと。
こういう文章って本当に前後とのバランスを考えて上手に使わなければものすご~くクサくなって食傷してしまうと思うのだけれど、しをんちゃんはそういうところが本当によくわかっているなぁ、と。この人は"言葉"を知っている。"言葉"の使い方をきちんと知っている。そう、思わされます。この小説がどんなに面白いかは私の口からはとても語り尽くせるものではありませんので、ぜひ読んでみてください(少し夢物語のような向きもありますが、それは小説ゆえ)。私は、ラスト近くの、右足に故障を抱えるハイジが走っているシーンの
清瀬はまた一段、加速した。あと五十メートル。まにあうか。俺の時間だけ止めてくれ。時間を超えたい。鋭く飛翔するように走るのはいまだ。清瀬は上体をやや前傾させ、ラストスパートをかけた。
右脛の骨が、ぱきりと音を立てた。
という文で思わず泣いてしまいました。うー。しをんちゃん、すごいよ。
この本、私は最初図書館で借りたのですが、返却した後に何度も読み返したい箇所があり過ぎて、結局自分で買いました。本屋さんで「税込み1,890円...小説にしては高めじゃないの...」と思いましたが、それでもやっぱり買いました。その価値は、必ずあります。折りよくあと1週間もしない内に2007年の箱根駅伝です。去年までとは、見る目が少し変わりそうな気がします。私の出身大学、毎年必ず出場するとこで、在学中も卒業後もまったく愛校心のかけらもありませんが、唯一愛校心らしきものが湧くのがこの箱根駅伝の時なのです(ひどい卒業生だ)。楽しみです。これから、駅伝の前にはこの本を読み返したくなる気がします。
by bongsenxanh | 2006-12-28 02:29 | | Comments(0)


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