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『アンデルセン』―いろいろ、思うところあり…
しばらくこちらをお留守にしてしまいましたが。
ふらりとどこかへ行っていたわけでもなく、やや夏バテ気味な感じで日々をぐったりして過ごしておりました。
夏季休暇も未だ取っておりません。
今年の夏はどこへも行く気にならなくて…5月末のサイゴンで激しく食中りしたからでしょうか、どうにも外へ出るのが億劫になってしまって…。
どうも無気力で何かする気にもなれず。むむ。
そんな中、こちらを観て来ました。
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これを観たのには理由がありまして。
この作品、前々からずっと思っていたのですが、絶対に私の好みではないだろうな、と。
作品紹介やらストーリーやら読むにつけてもその気配は漂っていて。
あ、実在するアンデルセンの作品は好きなんです。
いわさきちひろさんの挿絵の『絵のない絵本』なんて、子どもの時からバイブルでしたもの。
が、このミュージカル作品は明らかに私には合わないだろうと。
そもそも、私はこの作品を四季オリジナルの子ども向けミュージカル(ファミリーミュージカル)だと思い込んでいたくらいで。
米国人ソングライター、フランク・レッサーの作詞・作曲によるミュージカル映画が元だったんですね。
ちなみに日本語歌詞がかの岩谷時子氏によるものだということも今日、知りました(つまり、それくらい興味がなかった)。

で、それほどまでに観る気のなかった作品をなぜわざわざ観たかと言うと。
主役のハンス・クリスチャン・アンデルセンを演じるキャスト候補に鈴木涼太くんの名前が挙がっていたからです。
そして実際、彼は8月前半まで、他の都市では(今回のは全国各地を回る全国公演)ちゃんとハンスとして舞台に上がっていたのです。
そして四季では全国公演の際に、必ずと言って言いほど、その地方出身の(または縁がある)俳優を出演させるシステムを取っているので、静岡出身の涼太くんはほぼ間違いなく名古屋と静岡公演には出るだろう…と踏んでのチケット確保だったのですが。
『オペラ座の怪人』名古屋公演の時にも涼太くんは出ずっぱりでラウルだったので、今回も間違いないだろうと思ったのですが。
見事に裏切られました。
チケットを取った5月段階では、賭けだったんです。
彼が出ないことが確定したのは今週の月曜日だったんです。
どうすることも出来ず、お目当てではなかったキャストで渋々観るしか選択肢はなく…。
で、観た結果、やはり予想的中で私の好みの作品ではありませんでした。
音楽にも、ハンスが子どもたちにお話を語り聞かせる場面も、劇中劇のバレエ・シーンも、全然興をそそられませんでした。
あ、私がバレエをそんなに好きではないせいもあるかもしれませんが。
バレエ、ピンポイントで好きな作品とか好きなバレエ・ダンサーとかはいるのだけど。全般的には苦手かも。
お目当ての俳優さんがいなくて、好みではない作品を観ることがこんなにも辛いとは思いませんでした。

あと、すぐそばに0歳児を抱いているお客さんがいたのも、気になって仕方がありませんでした。
全国公演なこともあり、夏休み中ということもあって、親子連れで来ているお客さんの姿が多かったのですが。
流石に月齢の赤ちゃんを抱いて連れて来るのは、観劇マナーに反しているのではないかと思います。
小さい子がいても観劇をしたいというお母さん達の気持ちはわかるつもりですが。
でも、0歳の赤ちゃんが約2時間半もの開演時間中、ずっと静かに眠っていられるなんてことは誰も保障出来ないでしょうし、眠っていなくても「あー」とか「うー」とか声を上げずに、ましてや泣かずに静かにしていられるなんてこともあり得ないことだと思うのです。
それくらい、誰にだって判断のつくことだと思うのだけれど。
と言うか、入場の際に制限をかけないのもどうかと思うけれど。
案の定、1幕始まってすぐ、声を立て始めてすぐさまロビーに出て行かれたけれど。
それでも幕間後に席に戻られていて、2幕が始まったらまたすぐ泣き声が始まってロビーに出て行かれて。
2、3歳児だってずっと静かに座って観劇していられるかは分からないところなのだから(私が劇場で見かける限り、静かに座って観られるのは小学校上がってからではないかと)、もう少し分別を持って考えて欲しいな…と思いました。
赤ちゃんの方にしたって、まだ免疫力の低い月齢児が、あんな雑菌・ばい菌だらけの密閉空間=劇場に連れて来られるのは、決して健康面でも良いことではないと思うのだけれど。

マダム・ドーロの小川さんのこととか、明日もう少し書きます。
あ、あんなに存在感があって良い仕事する深水さんが、ものすごいチョイ役で無駄遣いされてた、というのもちょっと衝撃的でした。

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by bongsenxanh | 2017-08-24 01:51 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『ノートルダムの鐘』再び。今回は2階席後方から。
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またか、前回からタームが短か過ぎないか、と言われそうですが、昨日また観に行って来ました。
キャストもメインどころは前回と全く同じ。
全然キャストを狙ってチケット取っていないのに(そもそもチケットを予約した時点では、いつ誰が出るかなんて予測不可能)、しかも京都では各回毎にカジモドを2人で交代で演じているのに、ぴたりと狙い澄ました様に飯田達郎カジモドを引き当てている私、きっと舞台の神様が背後についていてくれるのでしょう(笑)
というわけで、

カジモド=飯田 達郎  エスメラルダ=岡村 美南  フロロー=芝 清道

といったキャストですね。

東京でも、約2週間前に京都で観た時にも、1階席の舞台にじり寄り席に座ったのですが、今回は2階席後方のC席、センターです。
「同じ作品を出来れば3回観てほしい、1回は1階席前方で、1回は1階席後方で、1回は2階席で。そうすると、同じ作品でも違った角度・違った視点で観られるよ」と教えて下さったのはかつて四季の『キャッツ』でオールドデュトロノミーを演じていた北川潤さんで、その頃私はまだ子どもだったので「そんなに何回も観られないよ、お金もないし」と思っていたけれど、でもその言葉はしっかり覚えていて、今きちんとその意味が実感出来ているのは有難いなぁ…と思います。


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by bongsenxanh | 2017-08-10 23:51 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『ノートルダムの鐘』in 京都
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さて、まずはキャスト表。

カジモド=飯田 達郎  エスメラルダ=岡村 美南  フロロー=芝 清道

といったメインどころの顔ぶれ。
京都の開幕キャストですね。
私、東京で飯田カジモドに逃げられているので、京都でようやく飯田カジモドお目見えです。
田中彰孝カジモドとは役へのアプローチが全然違っていて、新鮮でした。
役者が違うのだから、当然と言えば当然のことなのですが。

≪イントロダクション≫
昨年日本で上演されるまでに、この作品は紆余曲折がありまして。
フランスの文豪ヴィクトル・ユゴー原作のこの作品、世間によく知られているのは、1996年のディズニー・アニメーション版。
地上波でTV放送される時に劇団四季が吹替えを担当したので、私もその時のキャストの歌声の印象が強いです。
参考までにカジモドは石丸幹二さん、エスメラルダは保坂知寿さん、フロローは声が日下武史さん、歌が村俊英さんでした。
この中で先頃亡くなられた日下さんを除いて、現在四季に在籍しているのは村さんだけですね。
幹ちゃんも知寿さんも四季の外でご活躍なのは皆さんご存知の通り。
今でも耳に残るのは、幹ちゃんカジモドが歌う『僕の願い(Out There)』の歌声。
ちなみに舞台版の方では『陽ざしの中へ』に曲名変更されています。
一方、この舞台版の方は1999年にドイツはベルリンで初演されました。
ディズニー・プロダクションなので、もちろん製作陣は米国チームなのですが、まずは欧州でトライアウトという意図だったのでしょうか、その辺りのことは詳しくないので割愛。
ちなみにこのドイツ版の方の翻訳を担当したのは『エリザベート』『モーツァルト!』を手掛けたミヒャエル・クンツェ。
ドイツで好評を博して3年ロング・ランをした後、脚本をジェームズ・ラパインからピーター・パーネルに変更し、満を持して2014年10月下旬~12月初旬に米国、カリフォルニアはサン・ディエゴで公演、更に2015年3月にNYに近いニュー・ジャージーのペーパーミル・プレイハウスで公演されました。
もちろん、NYのBW入りを目指してのものだったのですが。
3月4日オープン、4月5日クローズ、ペーパーミルでの公演は1ヶ月で終わりました。
その後、ディズニーはBW入りはしない、とアナウンスを出しました。
ちょうどこのペーパーミルでの公演の時に私はNYに滞在していたので、NJまで足を伸ばして観に行こうかと目論んでいたのですが、2015年3月はグリゴーロの『Manon』目当てにNYに飛んだのと、その他にもKelliちゃんと渡辺謙の『The King and I』『Into The Woods』、クリスティン・チェノウェスの『20世紀号』と、観たいもの目白押しでとてもNYを離れてNJへ行っている余裕がなく、断念したのでした。
今思えば、根性でペーパーミルまで行っておけば良かったかも…でも本当に枠がなかったのよね。
と、そんな経緯もあって、私にとってはちょっと因縁めいている作品なのです。
ディズニー・アニメ版と舞台版との大きな違いは、何と言っても最後の結末でしょう。
アニメ版は、そこはディズニー、お子様でも楽しめるようにとハッピー・エンディングに変えてあります。
が、ユゴーの原作では、もともとこの作品は悲劇。
それも相当暗く、悲しく、救いのない「あぁ、無情!」(レ・ミゼラブル)と叫びたくなる様な悲劇です。
舞台版は原作に忠実に、この悲劇的なエンディングを採用しています。
この結末をどうするか――について、ドイツ公演の際にもミヒャエル・クンツェとプロデューサーとの間で意見の相違があったらしいのですが、クンツェが「ヨーロッパ人は悲劇的な結末を受け入れるし、それによってよりロマンティックだと感じるはずだ」と主張して、悲劇の採用となった様です。
で、先に言ってしまうと、私の印象でも、ヨーロッパ人や日本人は、原作通りの悲劇的な結末を受け入れる感性や土壌を持っているだろう…という感じ。
一方で、果たして米国人は…?というところが、BW入りする/しないを分けた要因かな、と。

イントロ長くなりましたが、以下、ざくざくっとした感想です。

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by bongsenxanh | 2017-08-03 02:48 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『パレード』―カーテンコール、南部の人々etc.
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未だ、毎日の様に"This Is Not Over Yet"を熱唱中です。
ひとまずVivian Beaumontの看板をup。
あ、これ、Brentのサイン入りなんだ、いいなぁ~。
このいかにもLCTなディザインのPlaybillも欲しかったんだよなぁ。

では、大千秋楽のカーテンコールや、主演二人以外のキャストのことなど。

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by bongsenxanh | 2017-07-05 00:12 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『パレード』―白眉の日本版初演
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昨日、木曜日の夜にこちらを観て来ました。
名古屋での公演は初日にして、今公演(東京・大阪・名古屋)の大千秋楽。
"共謀罪"法案があんな酷い形で強行採決・可決されたその日に、南北戦争後の米国での大冤罪事件を扱ったこの作品を観たことは因縁めいている。
かなりヤバい政権を戴くかなりヤバい日本という国を生きている私達にとって、とても対岸の火とは言えない題材なのではないか、と。
いえ、それだけでなく、1998-99シーズンのBroadwayでものすごく気になる作品だったにも関わらず(大好きなLCTでの公演だった)、観に行くことが出来なかったので、そこから20年近くもの時を経て日本で初演されたということは、エポック・メイキングな出来事でもあるのです、私にとって。

1913年、米国はジョージア州、アトランタ。
南北戦争終結から約50年もの時を経ても、南部では変わらず黒人は差別され、裕福な白人の下で働き、南軍戦没者追悼記念日=メモリアル・デーには南部の誇りを謳う盛大なパレードが行われる。
そのアトランタへ北部から移住してきたユダヤ系のレオ・フランク。
彼はジョージア出身のルシール(同じくユダヤ系)を妻に、鉛筆工場の工場長として働いている。
北部出身のレオは、古くからの南部の風習・気質に馴染めずにいる。
「戦争で負けたのにどうしてパレードでお祝いするんだ?」という台詞にもそれが滲み出ている。
そんなパレードの当日、事件が起こる。
レオの工場で働く13歳の少女・メアリーが強姦され殺されたのだ。
容疑者の一人として、レオも取り調べを受け、身柄を拘束される。
すぐに釈放されると思われたレオが、事件の早期解決を図る州検事、同じく政治的意図で動く州知事、事件を面白おかしく煽り立てる新聞記者、そして北部ユダヤ人に対して憎悪を募らせる南部民衆によって"犯人"へと仕立て上げられていく。
裁判ではレオに不利な証言ばかりが挙げられ、ついにレオには「有罪!」と高らかに判決が言い渡される。
パレードから1年、留置所に囚われたままのレオを、妻のルシールは懸命に支える。
家で夫の帰りを待つだけだったルシールは、レオの無実を証明するため、裁判のやり直しを求めて知事に働きかけ、レオに不利な証言を覆すべく、家の外へ出て活発に動き回っている。
事件の前にはぎくしゃくして噛み合っていなかったレオとルシールの夫婦関係は、皮肉なことにこの事件をきっかけに急速に近づき強まっていた。
ようやく心が通い合うようになった二人、レオの無罪が立証され釈放される日も近い…と思われた時、悲劇が起こる。
南部老兵やメアリーの友人らによって、レオが留置所から連れ出され、私刑に処せられてしまうのだ。
その日からまた時は流れ、パレードの日はめぐってくる。
その人々の中には、レオのために黒服をまとったルシールの姿もあった。

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by bongsenxanh | 2017-06-22 01:26 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(13)
『グレート・ギャツビー』―中日劇場初日
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えーとですね、土曜日の夜、こちらを観て来たのですよ。
先月も東京は日生劇場で開幕週に観ましたが。
今回は、名古屋は中日劇場で初日です。
友人にチケットをお願いしていたせいで、そもそも自分がいつのチケットを持っているのか把握しておらず、初日が取ってあることがわかったのは前日夜でした(^^;)
予定、空いていて良かったわ。

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by bongsenxanh | 2017-06-06 00:44 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『グレート・ギャツビー』―日生劇場
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昨日、土曜日にこちらを観て来たのです、日生劇場で。
開幕週に観られたというのは、なかなか幸せなことではないかと。
「チケット余りそうだけど要る~?」と声をかけてくれた友人、ありがとう。

詳しくは明日、このトピックに続けて書きますが。
端的に言うと、"ヨシオとマリオが出ている宝塚のレビュー"って感じ。
ミュージカルの骨格があるところまで仕上がっているかと言うと…んーーー。
ヅカ・メイクをしているヨシオが笑えます(いえ、カッコいいのでしょうけど!)
ただ、ヨシオがこんな"色気のある大人の男"の役をこなせるところまで成長してきたということに、何だか感慨深いものもあり(オカンか、私は)。
初日の舞台挨拶で、演出の小池氏も同じ様なことを述べられて涙されたとか。
ヨシオファンなら必見であることは間違いないです(いえ、私はそんな熱烈ファンではありませんが)
ひとまず、PVも上がっているのでそちらをどうぞ。



というわけで、遅れに遅れていましたが、ようやくつづきを。

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by bongsenxanh | 2017-05-15 00:48 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『オペラ座の怪人』―横浜まで行ったのよ、変更点あり、なレビュ
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書く書く、言っておいてなかなか書けずにすみません。
『オペラ座の怪人』&「横浜」で検索して来て下さる方も多い様なのでもうそろそろ書いておかないと…
(あ!そう言えばNYに行く直前に『ノートルダムの鐘』も観たのに、そちらも全然書いてなかった!)
というわけで、ひとまずキャストボード。
こんなキャストでした。

ファントム=佐野 正幸  クリスティーヌ=苫田 亜沙子  ラウル=神永 東吾

ですね。
何としてでも涼太ラウルに今ひと目…という一心で取ったチケットでしたが、ま、そういう希望はたいがい裏切られるのが劇団四季のセオリーです。
横浜でラウル・デビューを果たした神永くんのラウルを観られるのもまた一興ということで。
涼太ラウルはね、きっとまたいつかどこかで、会える。たぶん。(と思いたい)
ファントムとクリスティーヌは希望通りと言えば希望通りです。

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by bongsenxanh | 2017-04-24 00:31 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『オペラ座の怪人』―横浜ちらりと
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全然記録を残せていないのですが、実は先週土曜日にこれを観て来ておりまして。横浜で。
節操ないでしょ(笑)
この前週にはBWでばーばーファントム&Aliクリスティーヌを観て来たばかりだと言うのに。
私の行動パターンを知っておられる方には「この人、横浜行かないのかしら」と思っておられた方もいらっしゃるかと思いますが、えぇ、もちろん、3月25日に開幕した以上は、早々に行くに決まっているではありませんか。
というわけで、冗談みたいな4月1日エイプリルフールに観て来ているのですが、何しろ未だNYの観劇記録も書けていないので、こちらの方も手つかずのままでした。
今週中にでもぼちぼち書きます…たぶん。
名古屋であれだけさんざん観たのに、まだ観るのか?とも思われるかもしれませんが、だって名古屋終盤になって突然「わたし、もしかして涼太ラウル好きだったのかも?」と遅まきながら自分の気持ちに気づいてしまったので、横浜だって行くしかないのです。
涼太ラウル、横浜では四番手ラウルらしくて、どうも出番なさそうだけど(泣)

主要キャストだけ書いておくと、佐野ファントム、苫田クリスティーヌ、神永ラウルでした。

ひとまず、佐野ファントムに振られなくて良かったです。
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by bongsenxanh | 2017-04-10 01:45 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)
『Miss Saigon』25th Anniversary Performance in London
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えーと、ね。こちらを観てまいりましたの、映画館で。
巷では大絶賛の嵐の様なんですの。
で、あの、そんなに大好評な中言いにくいのですが…もにょもにょもにょ。

一言で言ってしまえば、
カメラワークが最低!!!
あ、一言の割にやけにデカい声で。
でも、本当に最低最悪なんですの。
やたらと役者に寄って撮ったアップーそれも超どアップーの画ばかりで、非常に観にくく、例えて言うなら、画面が揺れている映像を見たら乗り物酔いしちゃうみたいな、そんな感じ。
引きの、ロングの画が皆無と言っていいくらいに、舞台を映してくれない。
そもそもね、これは舞台なわけですよ。
だから、舞台空間の使い方や舞台装置というのも非常に重要な要素なわけで。
それを効果的に見せる、撮る、ということが出来ないカメラワークなんてクズでしかありません。
製作側としては、「舞台ではなく映画の様に見せたい」「臨場感を出したい」という意図があったらしいのですが。
それでもまず第一に「舞台」として魅力的に見せられなければ、何にも意味がないだろう、このクズ!と、口汚く罵りたくなってしまうほど、壊滅的にカメラワークが駄目でした。
そもそもね、舞台の魅力って"視点"が観客に委ねられていることにもあるのですよ。
それを強制的にすべてどアップ(それもバストショットとかではなく、本当に首から上の顔だけ、とか、女性のお尻やバストだけ、とかが大画面にどーん!と)でぐいぐい目の前に押し付けられるのは不快以外の何物でもありません。
あーあ、この時点で既に台無し。
この点、METのLive Viewingや、『Billy Elliot』Liveは上手にクリアしていたなぁ…と、今にして改めて思います。

キャストは…皆さん大絶賛のKim役のEva Noblezadaは…確かに下手ではないけれど…ちょっとクセがあって、子どもっぽい声かなぁ。
もう少し素直に真っ直ぐ伸びる歌声だったら、より響いたと思うのですが。
(私の中ではどうしても絶対的にオリジナル・キャストのLea Salongaの歌声が存在するので、そこから考えると厳しいかもしれない)
ロンドンのキャストであれだったら、昨年から今年にかけての日本の『ミス・サイゴン』も決して引けを取っていなかったと思う。
Chris役のAlistair Brammerも、なかなか良かったけれど。高音で歌う時の声なんかは、少しだけオリジナル・キャストのSimon Bowmanの歌声に似ていなくもなかった。
そう、そのSimon、スペシャル・カーテンコールで登場して、Leaと"The Last Night of the World"を歌っていたけれど。
Leaに呼ばれて登場した時、エライことおじいちゃんになっていてびっくりしました。
何あれ、何あれ、何あれ。
一時は舞台で時めいた役者さんでも20数年経つとあんなになっちゃうの?
まだ数えで御年55歳くらいのはずなのに。
かなりショックだったわ…。

そう、スペシャル・カーテンコールではLeaが登場するのですよね。
ロンドンのお客さんたち、大喜び。
まぁ、多かれ少なかれ、Leaを観るためにこの25周年記念公演を観に来てたのでしょうしね。
LeaがSimonを紹介する時に、「沢山のChrisと共演してきたけれど、そしていずれも素晴らしいChrisだったけれど、You'll never forget THE FIRST?!!(最初の男は忘れられないものでしょう?)」って言った時、お客さん達、大歓声。
そして私はLeaのその言葉で、ついつい私のお気に入りだったBroadwayのBillyちゃんのことを思い起こしてしまいました。

エンジニアを演じていたJon Jon Brionesは素晴らしかった。
観に行く前には、それほど期待していなかったのだけれど、1幕後半から2幕、そして2幕が進行して"The American Dream"に辿り着いたところで、一気に結実して彼の魅力がスパークした感があった。
Broadwayのrevivalも、彼がトランスファーしてこの役を演じることになっているので、ちょっと楽しみ。
前述のEvaも同様にBroadwayにトランスファーする。
映画館で観るのと、生で聴くのとではまるで違うので、もしかしたら彼女の歌唱力ももっと感じるものがあるかもしれない。

それにしても。
去年の秋に帝劇で観た時にも書いたけれど、つくづく私はこの人種差別的で、ご都合主義な、女性蔑視&東洋蔑視のミュージカルが好きになれない。
音楽はいいのだ、音楽だけは。
今回、25周年記念公演を劇場で録画したものを映画館で上映、という形だったので、ロンドンの劇場にいる観客の拍手喝采やヒューヒュー言う歓声まで録音されていて、そのため観客の反応が手に取るようにわかったのだけれど。
彼らが、サイゴン陥落シーンの後で大歓声で割れんばかりの拍手喝采を送っていたり、エンジニアの身の上話(母親が薬でラリッて身売りして、子どものエンジニアがそのポン引きをしていた…というくだり)の歌詞でゲラゲラ笑っていたりするのが、どうにも解せなくて、どうにも不愉快でした。
サイゴン陥落は、あのスペクタクルに対して、ということなのだろうけれど。
でもあれは、拍手を送る様なシーンでは、決してない。
ヴィエトナムは、同じ民族の国民同士が北と南に分断されて戦ったのだ。
そこに米国が介入して、国土も戦況も泥沼化し、生と死と、憎しみや苦しみや悲しみが混沌状態となって、そこでどうにもならなくなった米国が無責任な撤退をし、サイゴンは陥落し、数多の悲劇が起こったのだ。
皆、必死で、皆、命懸けだったのだ。
それを拍手喝采…?
その、英国人のお客さんの拍手が、私には全く解せなかった。

あと、やはり新演出はよろしくない。
ニック・ハイトナーのオリジナル演出は、本当に卓越していた。
新演出、まったく情緒がなくて、品がなくて、空間の使い方がヘタクソ過ぎる。

と、せっかく観に行ったのに、やはりぼやきで終わってしまったのでした。
あ、Evaが全然ヴィエトナム女性に見えなくて、私にはフィリピ―ナかタイ人の女の子にしか見えなかったのも、入り込めなかった要因かも。
ヴィエトナム人の女の子はね、もっと華奢で、しなやかで、きれいにアオ・ザイを着こなすのよ。
その辺り、もう少し努力を。

グァンホさんのThuyは、良かったです。
でも、私は日本の藤岡さんのトゥイの方が、好みかな。
これは好みの問題で。
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by bongsenxanh | 2017-03-16 00:35 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)




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