随分久し振りに足を運ぶ国立西洋美術館。 今回の目玉はもちろん、この写真に写っている"着衣のマハ"。 ポスター、フライヤー、ブローシャ、今回の展覧会のあらゆるものにフィーチャーされています。 ゴヤ、1800-1807年の作品。 さて、この"着衣のマハ"は非常に美しい絵です。 当時スペインで流行していたトルコ風の衣装を身に付けたマハ(マハとは、当時マドリードの下町を闊歩していた粋な娘の意、同様に粋な青年のことはマホと呼ぶのだそう)を、大胆で大振りな筆使いで描いた作品。 光沢のある薄地の白い衣装(サテン地か?)が、輝きと共にたおやかに流れるように表されている。 この絵と対を成す"裸のマハ"は、今回出品されていない。 てっきり対で出品されているものだとばかり思い込んでいた私は、少なからずがっかりした。 ともあれ、この美しく輝くもの、というはゴヤの作品の一面でしかない。 むしろ、以前から私はゴヤを「何かおどろおどろしく恐ろしいものを描く画家だ」と思っていた。 その印象は今回の展覧会を観ても変わらず、それどころかますますその感は強くなった。 今回の展覧会では、ゴヤが野心を持って肖像画家への道を歩み、国王カルロス4世お抱えの主席宮廷画家になった頃の作品の数々と、それを上回る数の"ロス・カプリーチョス(「気まぐれ」と訳される)"と題された素描や版画が展示されている。 前者の主席宮廷画家として描いた油彩の肖像画や時代の風俗を表す人物画からは、彼の野心家としての側面が窺える。 それは友人マルティン・サパテールに宛てて書いた手紙の文面からも明らかだ。 「今や君の友人(ゴヤ自身のこと)は、国王陛下の大のお気に入りだ」 一方、後者の"ロス・カプリーチョス"は、非常に風刺的だ。 既存の寓話的手法がふんだんに用いられ、わかりやすく、かなり俗。 "ロス・カプリーチョス"の作品群やパロディ化された自画像などはカリカチュアと呼べるだろう。 このカリカチュア、愚かな民衆、売春(猥褻であり、低俗であり)、堕ちた聖職者、無能な政治家、腐敗した王家、迷信、魔女信仰等を描き、痛烈な"人間"批判をしている。 そこにはゴヤの皮肉屋な面と、同時にゴヤの生きた時代の人間たちを"啓蒙"したいという強い欲求とが表われている。 このゴヤ展を通して、私はゴヤを、理想家であり、野心家であり、意地悪で、そして俗物であると見た。 同時に、自明のことだが、彼はまさしく天才の内の一人でもあろう。 決して、お近づきになりたくない。 スペインを去ってフランスへ亡命する前に描いた"黒い絵"の中の1枚、"我が子を喰らうサトゥルヌス"(不出品)や"1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘の銃殺"(不出品)を始めとするスペイン内乱を描いた一連の作品は、人間の内面や残酷性をえぐり出し、背筋を寒くさせる。 けれど、その人間を観察する眼の鋭さゆえ、彼は確かに天才だ。 ゴヤは、同時に夢想家でもあったのであろうが、晩年の彼のデッサンには諦めが色濃く見える。 人間の愚かさに疲れたか。 批判することに疲れたか。 そこには、啓蒙主義の落とし穴もぽっかりと口を開けているように見えた。 自分は、いったい、どれ程の人間なのか、と。 自分に、そもそも、人間を啓蒙することなど出来るのか、と。 ゴヤの生涯と思想が、流れを持って見られる、重みのある展覧会になっていると思います。 観終わった後、ちょっと疲れますので、どなた様にもお薦めというわけにもいきませんが。 来年1月29日まで開催されています。 あ、それから、ゴヤ展のチケットで国立西洋美術館の常設展も観られます。 こちらの方も断然お薦め。 国立西洋は、実に素晴らしい収蔵品を持っています。 気になっていたハンマースホイも観られたし(ピアノに向かう妻の後ろ姿を描いているのに、無機質で愛情が感じられない淋しい絵だ)、ミレイの"あひるの子"はとっても愛らしいくるくる巻き毛の女の子が描かれていて、微笑を誘います。 ぜひ。
by bongsenxanh
| 2011-12-18 03:42
| 美術
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Comments(6)
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ともきち
at 2011-12-18 09:43
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ちょっと自慢めいた話になるのでとてもとても嫌なのですが
興味のある話題なので書かせて頂きます。 数年前スペインのプラド美術館でこの対を見ました。 対で見ることに非常に意味があると思う作品なので 今回こういう形で来たというのがとても残念です。 まあ来たというだけでも貸していただく側としてはありがとうなのだろうけど。ここの場所ってちょっと一角になっていて それはそれは混んでいるの。 そしてどちらかを見て、どちらかに行く、という形を皆さん観賞の方法としてとっていて、それがまた味わい深いものだけに、残されたほうも片腕失ったようなものなんだろうなあと思ったりいたします。 40年ぶりということらしいので話題になってますよね。 実は私は40年前の美術展も行っているんです(あーやだやだ・・笑) (長くてごめんなさい。続きます
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ともきち
at 2011-12-18 09:49
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そしてプラドはいい作品がたくさんあったんですが
私の目的の一つが、ゴヤのこれよりも黒い絵全体でした。 ふえさん書かれているように、我が子を喰らうサトゥルヌスとかはまことに素晴らしく、期待度以上でした、画集で見てずうっと見たいと思っていたのでともきち感激ひとしおでした。 今回の日本の展覧会では、あまりプラドでも出ない素描が出るというので私も時間があったら行きたいなあーと思っています。 ふえさんの記事を見てますますそう思いました、ありがとうございまーす。
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bongsenxanh at 2011-12-19 08:35
♪ともきちさん
うおーーー!なんとなんと!!>プラド美術館 それは全然自慢ではありませんわ、素敵で貴重なお話ですわ! やはりそうなんですねー>対で見ることに非常に意味がある 画集や美術解説などでも必ず対で語られる作品なので、片方だけ、というのは何と言うのかbetter halfを失った、くらいの喪失感がありますよね。 この展覧会に合わせて日曜美術館でもこの作品が取り上げられていたのですが、その時にも裸のマハと一緒に解説されていたので、本当にてっきり対で出品されているものだとばかり思っていたのです。 日本で観ている私たちも残念な気持ちでいますが、今頃プラドに直に足を運んでいる方たちはそれ以上に残念な気持ちでいるでしょうね。 黒い絵の作品群は、本当に観てみたいのです!! あー、あれをプラドで生で観られたなんて羨ましいーーー。 あそこまで衝撃を持って観る者の内側に飛び込んでくる絵もなかなかないと思います。
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bongsenxanh at 2011-12-19 08:35
私も長かったので続きです^^
貸し出されて日本にやって来て、自分が行ける範囲の日本の美術館で観られるのは嬉しいですが、収蔵しているヨーロッパの美術館で生で観られるというのは、とても素晴らしいことですよね。 美術館って、その建物や立地や雰囲気や、更にはその美術館が持つ歴史まで、すべてひっくるめて美術品を鑑賞することを味わわせてくれますものねー。 はぁ、いいなぁ、プラド美術館......(憧れのため息)
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desire_san at 2012-01-17 14:00
こんにちは。
私も、国立新美術館の「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」見てきましたので、興味深く記事を読ませていただきました。 ゴヤの人間像についての考察、共感いたしました。 そのような視点でゴヤの作品を見ていなかったので大変勉強になりました。 ありがとうございます。 私もゴヤの作品の感想とスペインの歴史との関係について書いてみました。ぜひ読んでみてください。 どんなことでも結構ですから、ブログにコメントなどをいただけると嬉しいです。
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bongsenxanh at 2012-01-17 22:39
desire_sanさま
こんにちは、はじめまして。 コメント頂きまして有難うございます。 ゴヤ展に行かれたのですね。 ブログ、ちらりと拝見させて頂きました。 沢山の山に登られて、素敵な写真も撮っていらっしゃるのですね。 今、少し繁忙期で時間が取れませんので、また週末にでもゆっくり見させて頂こうと思っております。 その折に、またどうぞよろしくお願いします。
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by bongsenxanh
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