『美女と野獣』―実写映画吹替版
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先々週末~今週まで、仕事で沈没していました。
こちらをお留守にしておりまして、すみません。
で、『パレード』のことも書き切れていないのですが。
こちらの吹替版、観て来ました。
先月、字幕版の方を観た時に「吹替版、観なくてもいいかなぁ…」とか言っていたのですが、この土曜日にぽっと時間が空いて、そして1日で映画の日だったので、「ま、行っておくか」と。
やはり、吉原光夫ガストンと成河ルミエールだけは、気になっていたので。



えーと、まず真っ先に思ったことは、「何、この光夫ガストンの違和感のなさは?!」ということ。
私、普段から吹替なんぞ観ることはなく、映画館で観る時は必ず字幕だし、TV放送される時にも副音声の英語の方で観ることがほとんどなので…吹替に免疫がないのです。
その役者さんの顔から、その役者さん本人の声じゃない声が出て来るというのが、どうにも耐えられないのです。
更に、例えばブラッド・ピットやジョニー・デップやディカプリオ等の顔から日本語が流れて来るっていう不自然さにも耐えられず。
「そんなわけないじゃん」と思ってしまうのです。
にも関わらず、ガストン役のルーク・エヴァンスの顔から出て来る光夫氏の台詞や歌声があまりにもマッチしていて、何一つ違和感がないのは一体どういうわけなのでしょう?
キャラクター的に、ルークの外見もガストンだったし、光夫氏のガタイや声質もしっかりガストンだし、そういう同種同属のものがぴったり重なり合った結果のフィット感だったのだと思います。
凄いぞ、光夫!(勝手に呼び捨て。あ、親しみを込めて)
しかも極悪ガストンなのに、めっちゃ美声!

あ、あと、楽しみにしていた成河ルミエールは…まぁ予想通りでした。
いえ、良い意味で。
いつもの成河さんでした。

そして冒頭から笑ってしまったのが、オードラ・マクドナルド演じるタンス夫人(マダム・ド・がルドローブ)の顔から濱めぐ(濱田めぐみさんね)の声が出て来ること!
いや、濱めぐは上手いのです。
いつも通りなのです(いつもより結構クラシック寄りの歌い方していたけれど、役に寄せて)。
が、何てったってオードラのあの容姿から濱めぐの声が出て来るわけないじゃん!と。
こちらも良い意味でギャップがツボにはまって、声を押し殺してくふくふ笑ってしまいました。

で、あの、字幕版&吹替版両方観た上での身もふたもない感想を言ってしまっていいでしょうか。

今回の実写版の一番の見どころ(聴きどころ)は
本編じゃなくて
エンドロールの一番最後に流れる
ジョシュ・グローバンの"Evermore"だ!


申し訳ないけれど、本当にそうなんだもの。
だから皆さん、エンドロールの最後まで絶対に席を立ったりしちゃ、だめ。
(残念ながら映画館でそういう方々がいらっしゃった)

ジョシュ並みに歌える人を、というのは無理な注文なのでしょうけど、字幕&吹替版共に、もう少し歌えるビーストをキャスティングして欲しかった…というのは、贅沢な要望でしょうか。
劇中の"Evermore"がね、どちらも物足りなかったのよ。
特に吹替版はごにょごにょごにょ…高音になると苦しくて昭和歌謡アイドルみたいな歌い方になっちゃうとか、クライマックスになればなるほど、台詞回しが棒になってきて聞いていて辛かったとか、そもそもエフェクトかけて元声を誤魔化し過ぎているとか、とてもファンの前では言えませんが(って、言っちゃってるけど)。
きちんとした発声での朗々歌いっていうのが、出来ないのよね…。

あと、ベルの声をあてた昆ちゃんの台詞を話す時の声も気になったなぁ。
すごく幼くて子どもっぽい声で。
ベルって、もう少し凛とした声をしていていいはず。
好みの問題なのかなぁ。
ル・フウがあまりにも歌が下手っぴで、誰だ?と思ったら藤井隆さんでした。
ル・フウのキャラ的に考えたら、あの下手さ加減でもいいのかもしれないけれど、でも字幕版の方の役者さんはもっとちゃんと歌えていたので…吹替で顔と名前が売れている芸人さんを起用するのも、よしてほしいな、と。
特に今回みたいな歌が重視される作品では。

そして、ミセス・ポット。
タイトル・チューンの『美女と野獣』をやたら高めのかわいらし~い若く作った声で歌っていたので、ん?誰?と思ったら、宏美さんでしたか…。
宏美さん、好きな歌い手さんなのですが。
でも今回のこの役は島田歌穂さんに歌って欲しかった。
彼女の方がもっとずっと深い声で、たっぷりした豊かな歌唱を聴かせてくれたと思うのです。
どうして歌穂さんにプリュメット(舞台版ではバベット)なんて端役をあてたのかしら。
知名度とか序列的には、宏美さんの方が上に来ちゃうのでしょうけど。

で、更に、そのタイトル・チューンの『美女と野獣』を「もっと深い声で…」と思いながら聴いていたら。
日本の四季版初演でミセス・ポットを演じていた今は亡き志村幸美さんの歌声が耳に蘇って来て。
幸美さんの深いメゾ・ソプラノは情感豊かで、本当に魅力的だったなぁ…と。
ちょっとだけ薄ら、目が潤んでしまいました。
四季版開幕からしばらくの間、彼女のミセス・ポットを何度も観られた(聴けた)というのは、私の観劇歴の中でひとつの財産なのです。
更に更に。
その四季版の『美女と野獣』のサビ

♪陥ちてゆく 恋の淵へ 二つの心

という日本語訳詞は、今振り返ってみても、名訳だったなぁ…と。
今回ね、著作権の関係で、映画版の吹替歌詞は四季版とはまた別物になっているのですよ。
それがどうにも違和感があって。
上記のサビは「時を越え 愛された 物語」「美しく 咲き誇れ 永久(とわ)の愛」とか歌われていた様な…?
やはり自分が耳に馴染んだ日本語詞って強いですね。
と同時に、四季の文芸部と浅利慶太氏、やっぱり良い仕事してたよなぁ…と。
未だ完全に和解したとは言えない状態ですが、浅利氏、早く劇団と話し合って、そしてさっさと『JCS』ジャポネスクの再演をして下さい。
私はあれが観たいのです。

あ、話が逸れてしまいました。
全然話は飛ぶけれど、字幕版で観た時にも「盛り上がらない…」って思った"Be Our Guest"のシーン、吹替で観てもやっぱり盛り上がりませんでした。
あれ、舞台版ではものすごく華やかにショウ・アップされた1幕の中では一番の盛り上がりどころなのですよね。
が、実写版ではほとんどキャラ達のCG画面。
確かにあのシーンは、ベル以外はみんな魔法で"物"に変えられた召使たちだから、CGばかりにならざるを得ないのでしょうけれど。
アニメ映画を観に行ったのなら別にそれでもいいのでしょうけど、実写映画を観に行ってあの延々続く何のひねりもないCG画面を見せられると、飽きます。
それもほとんどずっとルミエールとミセス・ポットとプリュメットですし。
もう少し工夫が欲しかった。
すみません、わくわくしない醒めた大人で。

というわけで、吹替版の魅力は、光夫ガストンとジョシュ・グローバンの"Evermore"でした。
("Evermore"、吹替版じゃなくても聴けるじゃん)
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by bongsenxanh | 2017-07-02 01:13 | 映画 | Comments(2)
Commented at 2017-07-04 22:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by bongsenxanh at 2017-07-05 01:49
♪鍵コメさま

おぉ!そんな偶然があったんですね~!
でも幸美さんの歌声の音源に出会われて良かったです^^
彼女のミセス・ポット、母性愛もありつつ、大人の女性の色気も感じられて、魅力的ですよね~。
あんなに深くて豊かな美しい歌声を持った女優さんはそうそういないです。
亡くなられた時は本当にショックでした。
キャッツのグリザベラも長く務められていたので、鍵コメさまも大阪などでご覧になっていたら、もしかしたら劇場で聴かれていたかもしれません。
彼女の歌う『メモリー』素晴らしかったんです。
彼女がいなくなってから、私はキャッツを観るのは封印しました。
もし彼女が存命だったら、ALWの『サンセット大通り』も彼女主演で四季で上演される予定だったんですよ。
残念でなりません。

そして『パレード』もご覧になったんですね。
ちょうどパレードやサカケンについて追記を書いていたところでした。
娘さん、東京で3回ご覧になったというのは賢い選択だったと思います!
愛知ではたった1日だけの公演だったのですが、私もあわよくば大阪でも観ようかと目論んでいたくらいです。
公演期間がもっとあれば良かったのですが。
救いのないお話なので(しかもこれが史実というのがまた辛い)、何度も観るのは精神的にぐったりしますよね。
でも脚本と楽曲が良くて力のある作品なので、次は東京でも大阪でも飛んで行こうと思っています。
必ず再演がありそうですよね。


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