『シークレット・ガーデン』―日本版
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はい、改めまして。
画像は、クリエでの公演で、エントランスに設置されていたパネルから。
ポスターもあのディザインではなく、こういうのにしておけば良かったのに…と、未だに思ってしまいますが。

何度もつらつら書いていた様に、私にとっては思い入れのあり過ぎたこの作品。
10代の一時期は、毎日毎晩、BWオリジナル・キャストのCDをBGM代わりに、または夜の子守歌(?)代わりに繰り返し繰り返し聴いていたので、歌詞もスコアも体に染み込んでしまっています。
その作品を日本キャストで、日本語歌詞で、日本で…というので、期待よりは不安の方がずっと大きかった本公演。
結果から言えば、1回目@クリエ:んー…悪くはないけれど、何か違和感がある…でも、メアリーは思っていたよりずっと良くて歌える。
2回目@クリエ:あれ、公演重ねたらブラッシュアップして、良くなってきている?
3回目@兵庫芸術文化センター:あぁ、今日観て良かった。良い舞台だ。日本で公演してくれてありがとう。
という感じでした。
製作チームはほぼそのままに、オリジナル版とは演出は変わりましたが(舞台装置や衣装も)、演出家は一昨年、NYのリンカーンセンター(恵イヴリー・フィッシャー・ホール)のコンサート版と同じ演出家・スタフォード・アリマです。
それもあってか、作品世界が壊されてしまう…ということにならずに済みました。




ストーリーは、フランシス・ホジソン・バーネットの原作を読んだことがある方はもうご存知の通りなのですが(私も小学校の図書室で座り込んで読んだ世界名作文学の『秘密の花園』は大切な思い出)、原作と大きく違うのは、単に少女メアリーを主人公として描く物語ではなく、メアリーを取り巻く亡くなった人々ーインドでコレラによって命を落としたメアリーの両親、生前会ったことのない叔母リリー、インドでメアリーの乳母だったアーヤetc.,―が、今を生きているメアリー、叔父アーチボルド他の人々を見守る…という構成になっていること。
幽霊というのではなく、亡くなった人々が精霊としてただそこにいて、穏やかに温かく生きている人を見守っているという構図が、この作品を独特の柔らかで優雅な雰囲気に仕上げています。
また、この作品がBWで上演された時(1991年)、作詞・作曲・脚本・美術(舞台装置)、そして演出、プロデューサーとも全て女性が担っていた、女性製作陣による作品だったということも、この作品を繊細で美しいものにしている要因かもしれません。
残念ながら、今回の日本版では演出(前述した通り)と舞台装置が変わってしまいましたが(あのメアリーの斜め横顔の肖像を写し取った美し過ぎるドールハウスの様なセット、どうして日本版では採用されなかったのだろう…予算の関係?今回は日本人の松井るみさんによる、キャストが手動で開閉する絵本の扉の様な簡易な装置になっていた)、作品の根底に流れる優雅さはそのままに再現されていました。

さぁ、その作品を演じるキャスト。
前述した通り、日本版は大きく勘違いしたポスターとキャスト順で、まるでアーチボルドとリリーが主役であるかの様な作りにしてしまっていましたが、間違ってはいけません、この作品の主役はどんな構成になろうとも少女メアリーなのです。
石丸幹二と花總まりが売りではないのです(ここ、断固として主張)
というわけで、メアリーを演じる二人の子役ちゃん。
池田葵ちゃんと上垣ひなたちゃん。
私は1回目ひなたちゃん、2回目葵ちゃん、3回目ひなたちゃんで観たのですが、どちらのメアリーも良かったです。
と言うか、BWオリジナル・キャストのデイジー・イーガンのイメージがあまりにも鮮烈だったので、日本のメアリーはどうなってしまうのだろう?というのが最大の不安だったのですが、きちんとその不安を吹き消してくれるメアリーで良かったです。
もちろん、デイジー・イーガンに迫る…とは言えないですし、どうしても"日本的優等生の香り"が消し去れない部分はあったのですが、ひなたちゃんは決してキーを外さない音感抜群の歌メアリー、葵ちゃんは内側から湧き出て来る感情表現がとても自然な芝居メアリーでした。
総合的に見て、葵ちゃんの方が一番手のメアリーなんだな…という感じでしたが、私はひなたちゃんの歌えるメアリーがなかなか好きでした。
彼女は劇団四季の『ライオン・キング』のヤングナラ経験者なのですね。
葵ちゃんもアニーを演ったり、四季の『サウンド・オブ・ミュージック』のマルタを演ったりしているので、二人とも既に経験を積んで来ているベテランの子役なのですね、ベテランの子役っていう言い方も変だけれど。

そして、先ほども名前を出したアーチボルドの石丸幹ちゃん。
奇しくも、これまた私の大好きな『Sunday in the Park with George』の日本版で、BWではマンディ・パティンキンが演じたジョージを演じた幹ちゃん。
その時に私は散々がっかりさせられたものでしたが(そもそもあの時は演出が酷過ぎた)。
今回のアーチボルド役もまた、BWではマンディ・パティンキンがオリジナル・キャストとして演じた役。
マンディが演る役は、日本では幹ちゃんに回って来るように出来ているのでしょうか。
そんなにも声質が似ているとは思わないのだけれど。
声域的には同じだし、歌唱力の要る役だから自然、そうなるのかしら。
今回のアーチボルドの幹ちゃんは、想像を越えて、非常に良かったです。
と言うか、ここ数年の幹ちゃんは歌がいいというのではなく、芝居や雰囲気の醸し方が成長してきている、という印象があります。
前はね、正直、「ん…だい…こ…?」と思うこともしばしばあったのだけれど(すみません)
中年を越えてからは(もう初老に近くなってきているのよね)、何か熟されてきたかの様な、でも未だに進化中の様な、そんな感じ。
そして、歌。
『Sunday in the Park with George』のジョージ役の時は、"Finishing the Hat"をふわっと歌っても「はいはい、歌がお上手なんですね」だけで終わってしまっていたのだけれど、今回のアーチボルドは違いました。
まずは、アーチボルドが血のつながらない姪っ子メアリーに「何か欲しいものや必要なものはないのか?」と尋ねた時に、メアリーが「大地を、少しください」と答えたことから歌い始める"A Bit of Earth"(これを「大地」と訳すのは少し無理がある気がするけれど)。
この"A Bit of Earth"の歌声の響きがね、もう果てしなく優しいのですよ。
メアリーの「大地を」という答えに対する驚きと、まだ出会ったばかりの、未知の存在だったメアリーに対する慈愛が溢れていて。
幹ちゃんて、こんなに無性の愛みたいなものに満ちた歌が歌える人だったんだなぁ…と。
この曲の最後の方でこみ上げるように♪なんでもあげるのに~~~! 彼女は「だいち」と… と歌うフレーズがあったのだけれど、もうここが本当に愛情だだ漏れで、情感込めてたっぷりとで、「うぅ…」と、聴いているこちらまで胸を打たれるものがありました。
そしてメアリーのハシバミ色の瞳(ヘーゼルナッツ色ですね)に出会ったことから、亡き妻リリーを偲んで歌う名曲"Lily's Eyes"では、歌唱力というよりも、歌詞の1フレーズごとに、またはメロディラインに乗せられた情感に、ぐらぐらっとこちらの気持ちを揺さぶられて、思わず目が潤んでしまいそうになりました。
"Lily's Eyes"は男性二人によるデュエット曲で、幹ちゃんアーチボルドとハーモニーを奏でるもう一人のネヴィル小父さん役の方が……だったので、残念ながら潤んだはずの瞳もすぐにスッと乾いてしまったのだけれど。
デュエットって、両者が拮抗して良いお声の歌唱力を持っていないと、なかなか成立しないものですね。
芝居や役作りから言えば、幹ちゃんのアーチボルドは、マンディ・パティンキンに比べて若々しく、リリーの死のショックから老け込んでしまった感じもあまりなくて、中年のアーチー叔父さんというよりは親戚のちょっと年を取っているお兄さん、みたいな雰囲気だったけれど。
あと、マンディは背中にこぶのある身体的障害を持った男性、というのをかなり体を傾げて片足も引きずって歩くようにして表現していたけれど、幹ちゃんはそういう部分ではあまり障害を感じさせない身体表現だったと思います。
マンディは内面的にももっと気難しくて近寄り難い感じのアーチボルド叔父さんとして演じていた印象もあって。
幹ちゃんは何だか、普通にはつらつと立って歩いている感じで、それもあって余計に若々しく見えたのかも。
四季で『Aspects of Love』のアレックスを演じていた頃や、『Beauty and the Beast』のビーストを演じていた頃を想起させたりしました。
ただ、アーチボルドが体の障害を負っていて、そのことから自分の容姿に対してコンプレックスを持っていたり(愛するリリーに対しても引け目を感じている)、物事に対する考え方も少し屈折していたりする部分は、物語のキーにもなる部分なので、もう少ししっかり前面に出されても良かったのかなぁ、と。

さて、アーチボルドと同様に、否、もしかしたらそれ以上に重要な役、リリー。
東宝さんがポスターにばーん!と起用していた通り、花總まりさん。
えーと、各所で彼女に対する絶賛の声を聞いていまして(ま、贔屓のファンはベタ褒めするに決まっているけれど)、私も彼女の歌声、悪くはなかったし及第点だったとも思いましたが。
ただ、なまじBWオリジナルでこの役を演じたレベッカ・ルーカーのソプラノはもっと絶対的で圧倒的に美しく優雅で深みのあるものだったので、う―――む…彼の人のソプラノはちょっとうわずっているのですよね。
そして花總さんの致命傷は、演技であったり、台詞を話す時のあの独特の"少女声"と言うか、"アニメ声"と言うか…。
それが私は非常に苦手なのです。
好みの問題だけではなく、常に感じるのは、彼女は永遠にヅカの娘役(の様な存在)でありたいのだろうな…と。
それくらいに、不自然に若く少女の様に見せようとする演技が、私には受けつけなくて。
あの劇団を出たのなら、その後はもっと生身の大人の女性として演技をすればいいのに…と。
特に今回のリリー役は、亡くなってはいるものの自分の産んだ病弱な息子や、姪のメアリーに対する愛情あふれる母親役なので、若ぶって少女っぽさばかり追求しているかの様な演技は、どうにも違和感があって仕方がなかったのです。
大前提の包容力に欠けると言うか。
そういうわけで、私は最後まで好きになれませんでした、彼女のリリー。

生きていて、メアリーを支える大人役のマーサとディコン、そして庭師のベンはどなたも良かった!
特にマーサの昆ちゃん!
キャスト発表がされた時に昆ちゃんのマーサはちょっと違うんじゃないかな…と思っていたのですが(BWオリジナルのアリソン・フレイザーとは結構声質やキャラも違うので)、蓋を開けてみたら、断然良かったのです、昆ちゃんのマーサ。
昆ちゃんのマーサはアジア人の特性もあって、ものすごくキュートでチャーミングで、人懐こい愛嬌のあるマーサで。
メアリーへの接し方も良かったし、弟ディコンとの掛け合いも二人して可愛らしかったし。
3回目に観た兵庫公演では、2幕終盤で、ネヴィル小父に「おまえがいるとコリンの体によくない影響がある。コリンを死なせたいのか?そうでないなら、おまえはこの家から出て寄宿学校へ行け」と強制されたメアリーに対してマーサが「あなたは悪くない、あなたみたいにコリンを元気づけて、花園も生き返らせた人は他にはいないわ。あなたは出て行く必要なんかない」と歌う"Hold on"が、二の腕がざわざわ鳥肌立つんじゃないかというくらいに迫力で、舞台から客席に伝わってくる圧力が凄くて、何かもう後半では涙がこぼれてこぼれて仕方なかったです。
拭っても拭ってもとめどなく流れてくる感じで、だだ泣きでした。
それは私だけでなくて、舞台上でマーサが語りかける様に歌う"Hold on"を聴いているメアリーのひなたちゃんも、ぽろぽろ涙を流して、次に自分が歌わなければいけない"Letter Song"を歌う前に手で頬を拭って更に鼻をすすりあげていたくらいに、パワフルで圧倒されるものでした。
ひなたちゃんが自分で拭う前に、昆ちゃんマーサもメアリーの頬を手で拭ってあげていたけれど。
あの瞬間は、あれがマーサとメアリーの演技なのか、それとも昆ちゃんとひなたちゃんなのか、よくわからなくなるくらいでした。
マーサの弟ディコンを演じた松田凌くんも良かった。
何てったってオリジナルのディコンがジョン・キャメロン・ミッチェルなので、日本版はどうなることか…と思ったけれど、昆ちゃんマーサとのバランスの取れた、チャーミングで爽やかなディコンでした。
歌も、あら、良い声をしている…と、耳に神経を集中させたくなるようなきちんと聴かせられる歌声でした。
若くて、でも爽やかな色気もある様な歌声。
ただ、凌くんディコンのベスト・パフォーマンスはクリエの終盤でした。
兵庫で観た時には、厚木、久留米と地方公演を回ってきた後で声を嗄らし気味で、歌もちょっと粗く大味になっている感じでした。
ホールのキャパに合わせて歌い方も演技もクリエの時より少し大きめにしたのかもしれないけれど。
ベンの石鍋多加史さんは、流石のベテランの味で。
♪ちょんちょこ庭師はちょん切った~~ って歌う歌声もなかなかの美声で、メアリーとコリンを見守る庭師役、本当に素敵でした。

メアリーの父母役、上野哲也さんと笠松はるちゃんは。
上野さんは…うーん、歌は今一つだったけれど…子どもを顧みない母親と違って死後もメアリーのことをずっと見守る愛情のある父親役としては良かったのかも。
笠松はるちゃんは、ものすごく久し振りに舞台上の姿を見たなぁ…と思って、おそらく四季で『オペラ座の怪人』のクリスティーヌを観て以来だと思う…久し振り感が強かったです。
で、はるちゃんは、メアリーに全然愛情をかけてあげなかった母親役で、アーチボルドのことも「背中にこぶがある醜い男」くらいにしか思わない情の冷たい女性で…まぁ、そういう役なので何とも…。
2幕の終盤で、精霊たちがコリンに力を与えようと、力をこめて歌うコーラスでは、一番高音のパートをがんがん歌っていて、あぁ、はるちゃん、藝大出だものなぁ…ソプラノ頑張るなぁ…と思ったくらいでした。
いえ、そういう役なので仕方ないのです。

さて、触れずに来たネヴィル小父さんは…触れずに済ますのが花かと(^^;)
あぁ、でも。
あの方、『レ・ミゼラブル』でマリウスを演じていた頃から観ているのですが、歌が上手いと思ったことは一度もないのです。
だから。
私の大好きな"Lily's Eyes"を、もっと素晴らしいハイバリトンで歌える俳優さんを、ネヴィル小父さんには配役してほしかったな、と。
ただただ、それだけです。

最後に、兵庫まで子役コンプリートするために追いかけて行ったのは彼のため。
コリン役、大東リッキーくん。
クリエでは彼のコリンに当たらず、でも評判が良いのはリッキーくんのコリンの方だったので、どうしても観たくて。
(もう一人の方の子は、台詞カミカミで、大切なシーンでも噛んで言い直すし、演技も棒で、歌もダメダメだったので、残念だったのです)
期待して観に行った割に、歌は普通に子役の歌でしたが(そんなにものすごく綺麗なボーイ・ソプラノでもなかった)、ただ、芝居はとても繊細できちんと役を作って考えて演技をしているなぁ…というのが伝わって来ました。
コリン、病弱でわがままな役だけあってよく叫んだりするので、上手くやらないとただうるさいだけの嫌なガキの役になってしまうのです。
そこをリッキーくんはなぜコリンがそうなるのかを説得力を以って、傷つきやすい男の子を演じていました。
よく知らなかったけれど、彼も四季で『ライオン・キング』を経験しているのですね、ヤングシンバで。

というところで、ざっくり一通りのキャストについて。
美し過ぎるスコアのこととか、日本語訳詞(最近ご活躍の高橋亜子さん訳)のこととか、まだまだ書きたいことはあるのですが、一旦ここまで。
さて、日本での再演はあるのでしょうか。
今回一回限りで終わってしまうでしょうか。
日本のお客さん、意外に『秘密の花園』に馴染みがないようでした。
あと、日本も含め韓国とか、極東アジアのお客さんはこういうクラシカルな雰囲気のスコアよりも、フランク・ワイルドホーンとかシルヴェスター・リーヴァイの歌謡曲っぽいスコアの方がお好みの傾向がありますよね。

Wed Jun.27 & Sat Jul.7 & Tue Jul.24 2018 シアター・クリエ & 兵庫県芸術文化センター

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by bongsenxanh | 2018-07-31 01:12 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(0)


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