チョコレートコスモス
恩田 陸 恩田さんによる、熱血(ですよね?)演劇小説・・・です。強く強く感じたのは、恩田さんもあの世界が好きで、あの世界を描きたいと切望していたのだろう・・・ということ。今までにも恩田作品には演劇に関するシーンがたびたび登場していて(特に『麦の海に沈む果実』や『黒と茶の幻想』に出て来る舞台に立つ少女にまつわるエピソード)恩田さんが舞台好きなんだろうなーということは想像していたけれど。今回はまさにその演劇・舞台の世界を正面に据えて描いた作品。恩田さんのミステリやホラー、学園ものとはまた違った味わいがあります。 恩田さんの本を今まで読んだことがなくても、舞台好きの方にはおすすめです。 以下、ネタバレあるかと思いますので、未読の方はご注意くださいね。 これ、舞台好き(そんなにマニアックじゃなくてもOK)が読んでいて楽しいのは、登場人物が「はーん、実在のあの人をモデルにしたのね?」と推測しやすく描かれているところ。もちろん、人物の性格や演技力などは実在人物のそれとはまったく別物として描かれていますが(と、私は思う)、その登場人物の家系や最近の活動状況などから「あの人に設定を借りたのね」とすぐにわかって、思わずにやりとしてしまいます。演出家とか脚本家などもそう。わからなくてももちろん楽しめますが、わかるとより一層楽しめるかと。で、これはちらりと書いてしまっても本筋には関わらないかと思うので書きますが、最初の方で、演劇界のサラブレッドとも言うべき女の子がシェイクスピアの『真夏の夜の夢』を現代風にアレンジした作品に出演する(そのお稽古をする)というシーンが出てきます。ここ、夢の遊眠社の『真夏の夜の夢』をご覧になった方だとよりより楽しめると思います。確か92年の日生劇場公演だったと思います(解散前だったはず)。主役4人を大竹しのぶ、毬谷友子、堤真一、唐沢寿明が演じた時です(私は生ではなく、舞台録画の映像で観ました)。恩田さんもたぶんこの舞台のことをかなり意識して――と言うより、ベースにしてこの辺のシーンを書いたはず。つまりここで描かれる天才肌で子どもっぽく、挑発的な演出家というのは野田さんであろうと思われます。私はすっかりそれをあてはめて、あの舞台を思い返しながら読みました。そうするとですね、恩田さんの描く世界がものすごくリアルに立ち上がってくるのです。そうでないとしても、この本を読む前にシェイクスピアの『真夏の夜の夢』をさらさらっと読んでおくとこの劇中劇(小説中劇)の人間関係とか、台詞による性格づけとかわかりやすいと思います。4人の人間関係が入り組んでごっちゃになるところに面白みのあるお芝居なので。 えーと、話が横道にそれましたが、前述のサラブレッド女優の女の子に対して、ぱっと見は地味なのに実はものすごい天才肌の女の子が出てきます。この辺りは若干、『ガラスの仮面』チックですね(笑)この天才肌の女の子が、突然何かが憑依したかのように恐ろしいまでの演技力を発揮するシーンが何箇所か出てきます。正直言うと、私はその何箇所かのシーンは、幾分漫画チックであまりリアリティがないなぁ・・・と思いました。その演技をその場で観ている感じの臨場感とか生々しさが伝わってこないのです。それだけにその少女の存在も少し嘘くさいものになってしまったり。(そしてこの少女の弱点も早い段階でわかってしまう読者が多いと思う)むしろ、この天才少女が演じるシーンよりも、サラブレッド女優の女の子が演じるシーンの方が圧倒的な現実感と共時性があってぐぐいっと引き込まれました。特に後半で彼女が『欲望という名の電車』のブランチを演じるシーンが白眉でした。彼女は都合5回、同じシーンを演じる設定なのですが、その4回目に演じたシーンがぞくぞくぞく・・・!!ときました。一瞬、鳥肌立った?!と感じました。ぜひここ、じっくり読んでみてください。 ただ、それでも、実際の舞台の情景を小説で――文字のみという媒体で――描き出すのは至難の業だなぁ・・・と思いました。私が、自分が観てきた舞台の感想を書く時に、一番苦労するのもそこなのです。どんな舞台装置だったか、どんな色彩の舞台だったか、役者の立ち位置はどんなだったか、どんな姿勢でどんな風に役者同士が応酬し合ったのか、その時どんな空気が流れたのか・・・どんなに頑張って伝えようと思ってみても、実際の生の舞台を文字だけで再現することは不可能なのです。なのでいつも果たしてどこまで伝わるのか―――こんな感想を書いていても無駄じゃないのか―――と不安に思いながらも感想を書くわけなのですが。興奮気味に書き散らす時でも、その興奮がせめて伝わるように、と。恩田さんの文章と私の拙文を同線上で語れるわけがないのですが、それでも恩田さんもその舞台の情景や臨場感を出すために相当苦労して、この女優が演じるシーンを描き出したのだろうなーと、嘆息しました。 泣きはしませんでしたが、でも一箇所、その台詞を読んだ瞬間に目頭がカッ!と火が灯ったようになった台詞がありました。私はそこだったけれど、たぶん読む人それぞれが感じるところがあるのではないかと思います。 この作品、実はまだ序章という雰囲気があります。まだこれから続いていくだろう、本編はまだまだこれから、という。続きを読める日が来るのを、楽しみにしています。 あ、内容は好きだったのだけれど、装丁の版画が少し残念。 それから、読み終わってからすぐに去年のトニー賞授賞式を見直してしまいました(笑)
by bongsenxanh
| 2006-03-28 05:21
| 本
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by bongsenxanh
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