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『一瞬の風になれ 3』 佐藤 多佳子 著、講談社
一瞬の風になれ 第三部 -ドン-
佐藤 多佳子
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集大成、の第三巻。



もう何度、この第三巻には泣かされたことか...!!
先日、二巻のとある箇所で「くぁ~!」となったテンションを落とされてがっくり...と書いたけれど、それも第三巻の第一章途中くらいから忘却の彼方だった。最終巻で、「1:イチニツイテ」、「2:ヨウイ」に続く「3:ドン」だけあって本当に今まで積み重ねてきた練習の結実、というような内容になっている。2巻までは練習風景や日常のことが多かったのが、3巻ではほぼ試合尽くし。
この作品の何が魅力かって、やはり現実から抜け出したヒーロー然!!とした男の子が活躍する話ではなく、"等身大の高校生の男の子"がただただひたむきに"走ること"に打ち込む姿なのだと思う(中でもよく出来た男の子の姿、ではあるけれど)。例えばあさのあつこさんの『バッテリー』は、突出した「現実にはいないよ、こんな中学生」という男の子が活躍する話だけれど(それはそれで私は好きだ)、この作品はそうではない。一歩、一歩。走るレースの一本、一本。ただ目の前にあるそれだけに真摯に向かう男の子の姿だ。懸命で、けなげで、こちらが泣きたくなるような。
そして、主人公の新二だけではなく、周りにいる陸上仲間の男の子たちもまたものすごくいいのだ。きちんと、描き込まれている。一人一人がくっきり輪郭を持って、息をしてそこにいる。先輩も、同級生も、後輩も。私は特に同級生の根岸くんと後輩の桃内くんが大好きでした!(こんなところで告白か?) 速くなりたい、という思いを誰よりも強く持っていて、必死で練習をしていて、でも自分が望む高い位置までは上れなくて、でもあきらめず、リレーを走るチームのために尽くす根岸くんの気持ちや。リレーのメンバーには入るけれど、でも天才的なショート・スプリンターの域には及ばないムードメーカー(関西人だからね!)の桃内くんや。彼らの、自分より速い選手に対する嫉妬やコンプレックスや、そういったものもひっくるめて陸上にかける姿が痛いほどで。そういう男の子同士の会話もまた絶妙に面白くて。大人目線で都合よく描いた高校生ではなくて、高校生が自分たちのものとして描いた高校生、という感触があるのだ。作者は1962年生まれの方なので、十分大人なのだけど。
これは...なんだろう?と思った時に、ふと"大人が今の高校生、こうあってほしい"と切実に願う高校生の姿なのかな?という思いがちらりとよぎった。こんな風に冷めた分析をする自分も嫌だけれど。なかなか、こんなに純粋で打ち込めるものを持っているひたむきな高校生っていないのだ、現代には。いないわけではないけれど、そういう高校生は全体から見たらひとにぎりなのだ、残念ながら(作者はかなり入念な取材を行った上でこの作品を書いたようなので、もちろんこういうひたむきな高校生も存在は、する)。そう思ったのは主人公の母親が「あなたが息子でよかった」というような台詞を言うシーン。本文中ではまた別の文脈で語られる台詞なのだけど、案外この辺りに作者の本音が出ているのかな...と感じた。
あと、私は、この母親が主人公を熱烈に応援するようになっていく姿、というのも読んでいてとても嬉しい部分だった。1巻では、主人公に無関心な親のように描かれているのだ。ヒーロータイプの主人公の兄にだけ入れ込んでいて。それが徐々に次男のやることにも関心を持って関わるようになっていく様に、なぜだかとてもじんわりした。
"走る"つながりで三浦しをんさんの『風が強く吹いている』とこの作品を並べてみて、どちらか好きな方を選べ!さぁ選べ!!と迫られたら。ものすごく悩んだ末に、私はこの作品を指差すと思う。
by bongsenxanh | 2007-01-16 00:46 | | Comments(0)


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