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劇団四季 『ウィキッド』 ― オズの国の住人たち
前回の続き、役者さんや日本語訳、その他諸々について。

主役エルファバを演じる濱めぐちゃんについては既に書いたけれど、補足すると。おそらく劇団四季の『ウィキッド』を観る価値があるのは、彼女が出演している期間限定ではないか、と。あくまでも私見に過ぎないけれど。これはかなり確信度の高い予見でもある。

さて、そのエルファバに対峙するグリンダ。ある意味、この作品の出来の成否を左右するのはこのグリンダを演じる役者にかかっていると言えるのではないだろうか。エルファバが魅力的であることは必須だけれど、そのエルファバの対極にいて、"皆の憧れ"であり"皆の人気者"であり、コメディエンヌの役割を一手に引き受けているグリンダこそ、最も眩しく輝いていなければこの作品の魅力は激減する。エルファバの"翳り"を際立たせるのは、グリンダの無邪気で能天気な光りっぷりなのだから。物語の語り手的な要素もあって、幕開けすぐに出てきてソロを歌い、幕切れでもまた重要な〆を担う役でもある。ということで、そのグリンダを演じるのは沼尾みゆきさん。



正直なところ、そんなに期待していなかった。もともと日本人には難しい役だろうということは十分にわかっていたし、それをどこまで頑張ってこなすかな...くらいのつもりでいた。なので、あぁ、難役に頑張って取り組んでいるな...というのが私の印象。それ以上でもそれ以下でもない。彼女のソプラノが綺麗なのは知っているし(クリスティーヌとか李香蘭で)、私にとって彼女は声楽系の女優さん、くらいの位置づけだったので、その彼女がコメディエンヌになれるかな?という疑問はあって、やはりその部分でかなりつらいものがあるかなー、とは思った。と言うか、そもそも四季のあの"開口"の台詞回しでは笑いを取るのは所詮無理なのだ。その辺りはもう、演出家も最初から笑いを取るつもりはさらさらない演出をつけているのだと思う(あれで笑いを取れるつもりでいるとしたら、それはそれでまた問題があるだろう)。BWの『Wicked』で笑いのポイントになっていたシーンはことごとく笑えないシーンになっていた。日本とでは笑いの感性もバックボーンも違うので、仕方のないことだろうとは思うけれど。ただ、コメディエンヌになり切れなかったのは仕方ないにしても、彼女の最大の武器であるソプラノを綺麗に響かせられなくなっていたのは残念だった。相当、喉に疲れがきているなぁ...と、オープニングシーンからすぐにわかってしまった。6月の開幕以来、3ヶ月近く、緊張と全力投球の舞台の連続で喉に負担がかかっているのだろうと思う。せめてダブルキャスト体制にして、もう少し負担を減らしてあげればいいのに...と、かなり痩せてしまった体つきを見て思った。顔色や肌の色艶も良くない感じがしたし。同行のaさんと喋っていたことだけれど、もし自分が彼女の友達だったら、「大丈夫?ご飯はちゃんと食べてる?無理し過ぎちゃだめよ?頑張り過ぎよ。もうここまでと思ったらちゃんと休まなきゃ」とか、声をかけてしまうと思う。それくらい、頑張っているということはよくわかった。けれど、このグリンダという役に彼女が適役だったのかどうかはよくわからない。沼尾さん、地声が低い人なので、台詞を喋る時の声もやけに低くて、ところどころなんだかオバチャンぽいのだ。グリンダのきゃぴきゃぴきらきらした雰囲気は不足していた。無理矢理テンションをあげている感じがして、それが尚のこと痛々しくさえ感じられた。
フィエロの李さん。私はこの人を観るの、初めてだった。彼の猫もライオンも観ていないのだ。米国の『Wicked』クリエイティヴ・チームにも大好評という彼のフィエロ。確かに身のこなしが軽くて、歌もまぁまぁで、いいのだろうけど...。私には今ひとつピンと来なかった。まぁ、こんなものなのかな?というくらい。私が抱いていたフィエロという役のイメージ(Norbert Leo Butzのそれだったり、Taye Diggsのそれだったり)と彼とが、あまり結びつかなかったからかもしれない。少し、老けていて、オジサンくさいフィエロのような気がした。あと、とても気になったのだけれど、歌い方が香港アイドルっぽい。誰だったかなぁ、こういう歌い方してたの...張学友(ジャッキー・チュン)?いや、あそこまでではなくて...。ともかく、そういう感じ。李さんのDNAが自ずとそういう歌い方にさせるのかしらん。
脇で、さすがは!と思ってにやりとさせられたのはマダム・モリブルを演じていた森 以鶴美さん。オリジナルに比べたら結構若めのマダム・モリブルだったけれど、役にはまっていて、表と裏の顔を使い分けてオズ人民たちを操るところなんて好演されていた。ネッサの死について疑問を抱くグリンダに対して「アンタは幸せそうににっこり笑って手を振っていればそれでいいのよ、お嬢ちゃん!」と言い放つシーンなんて、わぁ~、やっぱり以鶴美さんだ~!!となんだか嬉しくなってしまった。
出番少ない割りに、まぁ重要なウィザードはこの週から登板の栗原英雄さん。栗原さん、他の作品では歌もうまくて演技も出来て、何事も卒なくこなす役者さんだと思っていたけれど、このウィザードという役にはまだ若かった。エルファバとのつながり、関係性が見えないウィザードだった。そして栗原さんが悪いわけではないけれど...ウィザードのソロ、"A SENTIMENTAL MAN"って本当にそのまま「アイ アム ア センチメンタル マン~~」って歌わせているのですね。なんだかなぁ。"WONDERFUL"も「ワンダフル~、わたしゃ ワンダフル~」って歌っていて、私は思わず椅子からずり落ちそうになった。なんじゃそら。もうこうなってくると日本語訳って何なんだろう?という気がしてくる。
そして触れようか触れまいか迷ったけれど、ネッサ。酷い。あまりにも酷い。どうして彼女がキャスティングされたのか、大いに謎。小粥真由美さん。そもそも"Tragically Beautiful Girl"(悲劇の美少女)にはまったく見えないし、台詞はガチガチ、歌も普通、演技だって棒線一方で利己的にしか見えないという、どこを取ってもいいとこなしのネッサだった。このネッサを、いくら妹だからってどうしてエルファバがあそこまで面倒みなきゃ!と気にかけるのかがよくわからない。もう少し、他に誰かいなかったのだろうか。四季の人材不足はやはり深刻?
ボゥクは...いいや(いいのか?)。身長があって、小人に見えなかったけど。

日本語訳、いろいろ書きたいこともあった気がするけれど、なんだか書く気がしなくなってきた...。ただ、非常に中途半端だった感は否めない。上でも書いた「ワンダフル」や「アイ アム センチメンタル マン」も然り、"Popular"でも♪very very popular~ like ME!のところをそのまんま♪ベリベリ ポピューラ~ って歌っていたと思う。訳詞は確かに非常に難しい作業だとは思うけれど、もっと努力の余地はあったように感じた。"Popular"にしても"Defying Gravity"にしても、原詞の持つ意味や良さを半分も伝えられていなかった。"Popular"の♪進め!始~まる 愛のレッスンが~~ なんていう歌詞は恥ずかしくて聴くに耐えなかった、本当に。"Popular"ってグリンダの思考や人格をまともに打ち出している重要ナンバーだと思うのだけど。グリンダの歌う"popularityの探求"ゆえに、エルファバとグリンダ、二人の歩む道は異なるものになるわけだし。あと、歌い上げシーンでなんでもかんでも「いま~!」って歌わせるのはやめてほしい。同じ語彙の使い回しが多過ぎる。そしてどうしても納得がいかなかったのは、2幕のエルファバとフィエロのデュエット"As Long As You're Mine"の後のエルファバの台詞"for the first time...I feel wicked"の解釈。「生まれて初めて幸せ」じゃ、なんのことだかさっぱり。ここでエルファバは、初めてできた友達だったグリンダからフィエロを奪った罪の意識、そして愛したフィエロを自分と同じ反体制側の茨の道に引き込んでしまったことへの罪の意識、それでもやはり自分に湧き起こるフィエロへの想いをとげられる喜びをにじませて、"I feel WICKED"と言うはずなのだけれど(人からwickedと呼ばれても、それを拒み続けていたエルファバ自身が言うところも肝)、そのニュアンスは殺されてしまっていた。改善の余地あり、の台詞だと思う。

この作品、なんだかんだ言っても、善い魔女vs悪い魔女とその二人の友情、という不思議な二元論の設定とスコア、そして装置と衣装。それだけで見せられる作品なのだ。だから、アジアン・キャストになろうが、訳詞がちょっとくらいまずかろうが、やっぱり作品の力だけで見せ切ってしまえるし、興行も成り立つのだと思う。それを実感した観劇だった。役者の魅力によって、それが極上のフルコースディナーになるか、口当たりのいいオードブルで終わってしまうかという差はあるにしても。

ただ。
私が好きで、観たいのは、『ウィキッド』ではなくて『Wicked』なんだな、と再認識。
何を今更、と言われそうだけれど。
秋にでもNYに飛んで、Gershwin Theatreに行きたくなった。

Thu Matinee Sept.13 2007 四季劇場[海]
by bongsenxanh | 2007-09-17 01:54 | 観劇レビュ 国内etc. | Comments(4)
Commented by quast at 2007-09-18 06:12
グッズ好きな私としては、作品の出来よりもどんなグッズが売られているか気になります(笑)。といっても私はWickedものは結局ひとつも持っていなんですけどね。
Commented by bongsenxanh at 2007-09-18 23:53
♪quastさん
グッズ・・・私は"買わない派"なんです~(Rさんに負けないくらい、買い物しない女です)。だーりんが出ていたLes Mizでさえ、パンフ以外はなんにも買っておりません(笑) 日本のウィキッドで売られていたグッズ、ほとんどBWと同じでしたよー。Tシャツとかもそっくりそのまま。傘もBWと同じものらしくて、向こうでわざわざ買って来た人は悔しがっていたみたいです。傘って飛行機で持って帰って来るの、面倒ですものね~。
Commented by moonlight at 2007-11-04 23:42 x
遅ればせながら実際に見て、改めてこちらを読ませていただいて、共感することが多く、なるほどと思うことばかりです! 素晴らしい音楽、濱田さんの歌唱はとてもよかった。でも、お子ちゃま向け仕様(改悪?)、安易なカタカナ語、セリフ部分のテンポの悪さ、舞台の幅がなくて窮屈そうなど、せっかくの作品の邪魔をしているように感じました。
それと「Aida」についてまた怒りが...「Wicked」とは作品の質が違うのは承知の上で、これくらい力を入れてくれたら、ずっとよくなるのにと... 
「蜘蛛女のキス」の初演をご覧になったのですね。うらやましいです。初見の今回、出来は悪くないのですが、何かが足りない。ちょっとメリハリに欠けるのと、現キャストが小粒な印象のためかもしれません。初演のキャストが強烈な個性という点で合っていたのかも? 会場の東京芸術劇場中ホールは、立派で大きさも程よかったです。
Commented by bongsenxanh at 2007-11-05 22:55
♪moonlightさん
おかえりなさいませ。
緑の国、相変わらず濱田さんは絶好調だったようですね。
それだけでも日本で観る価値はあったのではないでしょうか?
私はそれだけのために東京へ行ったようなものでしたが(笑)

『蜘蛛女のキス』、現キャストは・・・今調べてみましたが。あー、確かに小粒ですね(笑)
私はこの作品、本当はB'wayの初演が観たくて仕方がなかったのです。
チタ・リヴェラ、凄かったんですよ~!モリーナを演じたブレント・カーヴァーも。
タイムマシンがあったら・・・と思ってしまいます。
東京芸術劇場は、大ホールも中ホールも、私も好きな劇場です。


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